人口と世界 下り坂にあらがう(1)
ウクライナ侵攻で長年維持してきた軍事的な中立政策を転換したスウェーデン。実は以前にも「国のかたち」を大きく変えたことがある。世界有数の高福祉国家へとカジを切った原点は、出生数の急減で「国民がいなくなる」とまでいわれた1930年代の人口危機だった。
ストックホルム近郊に住む高校教師パスカル・オリビエさん(49)は4人の父親だ。子育てのため計3年強の育児休暇を取得した。「手続きも柔軟で非常に簡単だった」
スウェーデンでは子が8歳になるまで、両親が合計480日の有給育児休暇を取得できる。オリビエさんが約6割、妻が残りを取得したという。
スウェーデンが社会保障先進国になったのは、90年前の経験がある。
子育て、社会全体で支える
19世紀以降に「多産多死」から「少産少死」への転換が進み、スウェーデンの出生率は大恐慌のころ、当時の世界最低水準ともいわれた1.7程度まで落ち込んだ。国の針路を変えたのがノーベル賞経済学者グンナー・ミュルダールだ。
当時の世論は二分していた。「女性の自由を制限してでも人口増につなげるべきだ」「人口減は人々の生活水準を高めるので歓迎だ」。ミュルダールはどちらの主張も批判し、出生減を「個人の責任ではなく社会構造の問題」と喝破した。
人口減に警鐘を鳴らした1934年の妻との共著「人口問題の危機」を機に政府は人口問題の委員会を立ち上げ、ミュルダールも参加した。38年までに17の報告書をつくり、女性や子育て世帯の支援法が相次ぎ成立した。これがスウェーデンモデルと呼ばれる社会保障制度の基礎となった。
74年には世界で初めて男性も参加できる育休中の所得補償「両親保険」が誕生した。妊娠手当、子ども手当、就学手当などの支援は手厚く、大学までの授業料や出産費も無料だ。育児給付金は育休前の収入の原則8割弱。税負担は重いが「十分な恩恵を得られる」(オリビエさん)。
女性の就業率は高く、現政権の閣僚も半数が女性だ。家族支援のための社会支出は国内総生産(GDP)比で3.4%と、米国(0.6%)や日本(1.7%)をはるかにしのぐ。
「90年の大計」をもってしても少子化に抗するのは簡単ではない。それでも少子化対策は未来への投資だ。「ミュルダールは特に若い層向けの福祉政策を人的資本の投資ととらえ、生産性を高める経済政策を兼ねると考えた。その理念は今も生きている」(名古屋市立大の藤田菜々子教授)
国の姿勢が出生率左右
一方、スウェーデンと同じく1930年代に出生率が低下した国の明暗は分かれる。
「子供を産まないか、1人でいいと考える夫婦が増えているのは悲劇だ」。ローマ教皇フランシスコは2020年末、少子化が進むイタリアに強い警戒感を示した。
1922~43年のイタリアのファシスト体制は、人口増による国力拡大を掲げて出産を奨励した。その反動で人口増加政策が取りにくくなったとされる。2020年の出生数は40万4892人と最少。政府は21歳まで月に最大175ユーロ(約2万4千円)を支給する子ども手当の導入を決めたが、出遅れは否めない。
解はどこにあるのか。スウェーデンと並び少子化対策の成功例とされるフランス。100年以上の悲願だったドイツとの人口再逆転を、今世紀中に達成する見通しだ。
仏は19世紀前半に独に人口逆転を許し、19世紀後半の普仏戦争敗北は「人口で負けたからだ」との危機感が染みついた。仏は「仕事と家庭の両立」を軸に社会制度を大きく見直した。ドイツは「子供の面倒を見るのは母親だ」という保守的な家族観が一部に残る。
国連が7月に改定した人口推計で、世界人口の年間増加率が統計を遡れる1950年以降で初めて1%を割った。人口減は世界共通の課題だ。
日本も89年に出生率が戦後最低を記録した「1.57ショック」以降、少子化への意識は高まったが、一貫したビジョンを持って対策してきたとは言いにくい。国家存亡の危機に際し、スウェーデンのように大胆な改革に踏み切れるかどうかが国の浮沈を左右する。
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